妻より優位に立って妻を使う気でいる

2011-06-13

今フェミニストの男性なんて根つからいるはずもありません。男は結婚するとき、「妻をめとった」とか「女房をもらった」と言いますが、女が「亭主をもらった」などという言葉は聞いたこともありません。この言葉ひとつ見たって、男は無意識であるにせよ、妻より優位に立って妻を使う気でいるのです。ここにひとつの主張をお聞かせしましょう。ニーチェがツァラトゥストラに語らせている言葉です。「男にとって、女とは何であろう。真の男は二つのことを欲する。危険と遊戯を。それゆえ、男は女を最も危険な玩具として欲する。男は戦闘のために教育されるべきであり、女はその戦士の心身の勇気の回復に役立つように教育されなければならぬ。他の一切は、ばかげたことである」昔も今も、どこの国においても、男とはこれと似たりよったりのことを考えているのだと思っていれば、間違いありません。男の本心は、こんなところにあるようです。何はともあれ、自分とうまくやれる女かどうかという評価は厳しいのです。もしこれに対して単純にフンガイしたりする人がいるとすれは、賢くない女と言わざるをえないでしょう(賢い人間というものは、なかなか怒らないものでもあるし……)。男性の中には、女性の歓心を買うためにフェミニストぶって、体裁のいいことを言う人もいるものですが、まともな男で女性崇拝家などいるはずもありません。社交の場ではレディース・ファーストを徹底させている欧米の人々も、夫婦二人きりの場ではそれを実行していないのです。「男は本性として若い処女を好む」と言われますが、夫は自分の思うとおりの女に妻を育てたいのが真情です。だから妻となってしまった以上は、夫好みの女になろうとつとめるのが結局は利口だと言えるでしょう。仲のいい夫婦は、だんだんに似てくるものだとよくいいます。顔つきも、筆跡も似てくるからふしぎです。私の知人の中に、結婚して十年あまりになる、実に仲のいい夫婦がいますが、話す口調や癖までそっくりなのです。おたがいにというより、妻のほうで夫に合わせ真似しているうちにそうなったのでしょう。

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