最初の「電子書籍の時代が来る」

2011-03-08

数年前、「本は消えるのか」というテレビ番組の取材を受けて、「紙の本はいずれレコードと同じく一部の好事家向けのものになるかもしれない」などと極端なことを言ってしまい、その部分が使われてしまった。「ずっと先の話」という前提だったが、それが省略されてまるでいますぐ起こるかのように放映された。それは本意でないが、いずれはこうしたことも起こるかもしれない、とは思う。現在は、コンピューターのディスプレイや携帯電話に比べ、紙の本はたしかに読みやすい。しかし、もし未来の電子媒体が、現在の紙の本とほとんど同じ見映えで感触も同じ、しかもリンクが使えてクリックひとつで新たな文書を開くことができるばかりか、音声や動画も再生できる、値段もさして高くないとなったら、こうした装置が急速に普及するのは不思議ではない。現在のありようがずっと変わらないと考えるほうがおかしい。しかし、電子書籍端末の歴史は、「電子書籍の時代が来た」というメディアの記事などとは裏腹に、期待と失望の繰り返しだった。その理由はきわめて簡単で、電子書籍端末が読者に受け入れられなかったからだ。受け入れられないのには、それなりの問題があった。そして、これから書くように、その問題の多くは依然としてそのまま残っていて、「期待と失望の繰り返しの歴史」は少なくとも日本ではまだ終わっていない。少々まわり道のようだが、日本の電子書籍をめぐる根深い問題について理解するために、まずはそうした歴史をたどってから、いまの何度目かの「電子書籍元年」の話をしたい。↑一九九八年のカラーの電子金具軽端末一九九八年七月三日の朝日新聞の一面には、見開き型の電子書籍端末のカラー写真が載っていた。写真をぱっと見た人は端末がもうできていると思ったはずだ。新聞が告げるところでは、出版社が通信衛星を使って本のデータを送り、読者は、書店やコンビニに設置されている「電子書籍自動販売機」で記憶媒体にダウンロードし、読書専用端末で読む。そうした100億円規模の電子書籍の実証実験をおこなうとのことだった。通信回線を使って本を配信するというのは、「本の未来」を思い描く誰もが思い浮かべることとはいえ、それがかくも早くこうして実現するとは。「本の未来」に関心を持つ人の多くがこの写真を見てそう思ったことだろう。新聞に掲載されたいかにも軽そうなその電子書籍端末には、微妙な濃淡のあるマンガが、そのころのパソコンの解像度からは考えられないぐらいにくっきりと映し出されていた。しかし記事をよく見ると、「写真は模型」と書かれていた。取材を始めてまもなく見たその被写体は、なるほど「模型」以外の何ものでもなかった。小学生の夏休みの工作もどきに、グレイに塗った木片にマンガを張りつけただけのものだった。

[参考]
デジタルカタログ活用ガイド